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院長日記

追悼 勘三郎
[2012/12/31 17:37:14]


今年最後に中村勘三郎が亡くなった。
一観客として観ていても忙しい人生だっただろうなと思う。
名門の出身だからしっかり自分の家の芸を伝承し磨けば、それだけで十分に名優と言われたに違いない。
彼が並の役者と違ったのは、自身がプロデューサーとして歌舞伎の枠をはみだした新しい演劇を造って多くの観客を動員するまでになり、一度で終わらず新作の再演を行ってきた、そのことであろう。
コクーン歌舞伎、平成中村座、串田和美、野田秀樹など歌舞伎以外の演出家とのコラボ。
57歳の年齢としては十分すぎるくらいの仕事を残した。

だからといって、誰かのように本業の歌舞伎が残念なレベルなんてことはない。
しっかりと中村家の芸はできるし、古典から世話物、舞踊までなんでも上手かった。
そんな状況だから休む暇もない、性格的に休む気もない。
働き過ぎじゃないかという印象があった。
中村座なんかは興行主でもあったようで、経済的な心配もあったろう。
でも人間には忙しく仕事をしていないと気が済まない、独楽のように忙しく回転していないといけないタイプという人たちがいて、彼はそういうタチの人だったのだ。

彼の造る芝居は100%サービス精神からできていて、そのサービスの多くは笑いであった。
これだけ腹の底から笑える芝居を今まで観たことがなかった。
以前、野田版研辰の討たれを観終わった時に感じた既視感、
あれ、この感じ・・・藤山寛美の感じといっしょやん。
異論があるかもしれないが、僕はそう感じた。

57歳で亡くなった勘三郎であったが、彼の息子たちはもう十分なものを受け継いでいる。
今年の南座顔見世は長男勘九郎の襲名公演であったが、「船弁慶」の知盛などほれぼれするようなできであった。
二男の七之助も美形の女型であり、彼も同世代の役者を凌駕している。
父親が強い引力を持った人であったから、その引力内の一座以外の役者と共演することが少なかった。
これから他の役者との共演が増えていき、新たな一面が拓かれるようになるといいと思う。

かえすがえす残念なのは新しい歌舞伎座が竣工する前に逝ってしまったことで、
その舞台で本業の歌舞伎に立ち帰って他の幹部クラスの俳優との顔合わせを、
ぜひとも観たかった。
                                合掌